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東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)2029号 判決 1960年3月18日

債権者 有富光門 外一名

債務者 富士木材貿易株式会社 外二名

主文

一  昭和三四年(モ)第九、六四二号事件につき、

1  当裁判所が、昭和三四年(ヨ)第二、〇三一号新株発行差止仮処分申請事件について、同年七月二〇日した仮処分決定は、これを取り消す。

2  債権者有富の債務者会社に対する本件仮処分申請を却下する。

二  昭和三四年(ヨ)第二、〇二九号事件につき、債権者等の本件仮処分申請を却下する。

三  訴訟費用は、右両事件を通じ、債権者等の負担とする。

四  この判決は、第一項1に限り仮に執行することができる。

事実

第一債権者等の主張

(申立)

債権者等訴訟代理人は、昭和三四年(モ)第九、六四二号事件につき、「主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。訴訟費用は債務者会社の負担とする。」との判決を、また、昭和三四年(ヨ)第二、〇二九事件につき、「債務者槇島は、債務者会社の取締役兼代表取締役の職務を、債務者山口は、債務者会社の取締役の職務を、それぞれ執行してはならない。右停止期間中代表取締役及び取締役の職務を行わしめるため、代行者を選任する。」との判決を求め、その理由を次のとおり述べた。

(理由)

一  債務者会社は、昭和二二年一一月一五日農林産物、建築材料等の輸出人を目的として設立された株式会社であり、債権者有富は、六カ月以前から、後記株式とは別に、債務者会社の株式五、〇〇〇株を有するものである。

二  設立当時における債務者会社の資本の額は、金一、〇〇〇、〇〇〇円であつたが、やがて、昭和二五年五月一二日これを金五、〇〇〇、〇〇〇円に増額するとともに、新株八〇、〇〇〇株を発行した。その引受人と引受株数は、次のとおりである。

1  債権者会社 一〇、〇〇〇株

2  平瀬兼吉 四、〇〇〇株

3  田辺隆 一三、〇〇〇株

4  債権者有島 一三、〇〇〇株

5  債務者槇島 一〇、〇〇〇株

6  債務者山口 八、〇〇〇株

7  大阪商事株式会社 一二、〇〇〇株

8  野村証券株式会社 一〇、〇〇〇株

三  ところで、右3ないし6の株式合計四四、〇〇〇株のうち四〇、〇〇〇株の実質上の引受人は、アレキサンダー、シユベツツであり。田辺、債権者有富、債務者槇島、同山口は、いずれも名義を貸したにすぎない。このようなことが行われたのは、外国人の株式の取得が法令上制限されていたからである。

また、残りの四、〇〇〇株と7及び8の株式合計二六、〇〇〇株の払込は、債務者会社の計算においてされたのであり、したがつて、右株式は、債務者会社の自己株にほかならない。

四  その後、右2の株主名義は高瀬から沢山隆一名義に書き換えられた。

五  昭和二七年六月一六日債務者会社は、資本金を金一〇、〇〇〇、〇〇〇円に増額し、各株主においてその持株数と同数の新株を引き受けた。その際、債務者会社は二〇割の配当をしたので、各引受人は、これをもつて、右新株の払込金を支払に充てた。

六  したがつて、各引受人は、事実上新株の無償交付を受けたことになる。その結果、債務者会社は五二、〇〇〇株の実質上の株主になつた。同様に、シユベツツもまた、右新株の発行により、八〇、〇〇〇株の実質上の株主となつたが、同人は、昭和二九年はじめ、これを代金八、〇〇〇、〇〇〇円で債務者会社に譲渡した。

したがつて、債務者会社の自己株は、合計一三二、〇〇〇株になつた。もつとも、その後、この株式の名義人については、かなりの変動があつたが、債務者会社が、依然一三二、〇〇〇株の実質上の株主であることに変りがない。

七  債務者会社は、昭和三四年五月一一日の取締役会で左記決議(以下本件増資決議という。)をした。

1  資本金を金四〇、〇〇〇、〇〇〇円に増額する。

2  新株六〇〇、〇〇〇株(一株の金額五〇円)を発行する。

3  昭和三四年六月一〇日午後五時現在の株主に対し、一株につき三株の割合で新株を割り当てる。

4  昭和三四年七月一五日から同月二一日までに、一株金五〇円の割合で、申込証拠金を支払う。

5  払込期日を昭和三四年八月一日とする。

6  証拠金は、払込期日に株式払込金に充当する。

八  債務者会社は、前記自己株について、右決議に基く新株の割当を受けようとしているが、右は、商法第二一〇条、第四八九条第二号の規定に反するばかりでなく、その結果は、正当な株主に損害を及ぼすことは明らかである。

九  よつて、債権者有富は、債務者会社を相手取り、東京地方裁判所に仮処分を申請し(同庁昭和三四年(ヨ)第二、〇三一号事件)新株の発行を差し止める旨の仮処分決定を得たが、この決定は、いまなお維持する必要がある。

一〇  債務者槇島、同山口の両名は、かねてから、債務者会社の取締役の任にあつたが、昭和三二年一一月二五日再任され、債務者槇島は、代表取締役に就任した。

一一  しかるに、債務者槇島、同山口は、その職務の遂行に関し左記のような不正行為もしくは法令違反の行為をした。

1  債務者両名は、債務者会社の前記自己株に対する配当金を受領し、他の名義人には、税金相当額を交付し、残余を自己のために費消した。

2  債務者両名は、昭和三三年一一月以降債務者会社が前記自己株を有することを否定し、これは、いずれも債務者両名に帰属することを主張してやまない。右は、債務者両名において債務者会社の自己株は一三二、〇〇〇株を横領したことを自認するものである。

3  債務者両名は、債務者会社に対する法人税を脱税した。このことは、債務者会社が、昭和二九年夏及び昭和三四年五月一三日いずれも脱税の疑で、東京国税局の査察を受けたことからも推測できる。

4  沢山隆一名義の株式一四、〇〇〇株は、昭和三四年六月八日同人から池端岡治に譲渡されたことになつているが、その際債務者両名は、沢山の承諾なくして、同人名義の株式譲渡証及び委任状を偽造した。

5  債務者会社は、昭和二八年中に栃木県那須所在の土地四〇、〇〇〇坪を代金七、五〇〇、〇〇〇円で買い受けたが、昭和三二年五月右土地のうち、三七、〇〇〇坪を代金八、〇〇〇、〇〇〇円で前島忠一に売り渡した。

しかし、前島は、債務者両名のかいらいであつて、実質上の買主は債務者両名である。したがつて、取締役人会の同意を受けなければならないのに、その同意がない。のみならず、右代金八、〇〇〇、〇〇〇円は、当時の時価にくらべ、著しく低廉であり、その差額は、債務者両名において横領したものである。

仮に、債務者両名が実質上の買主でないにしても、債務者両名は、自己または前島の利益を計る目的で債務者会社の所有地を売却したのであるから、背任の責は免れない。

一二  そこで債権者両名は、六カ月以前から債務者会社の発行済株式の総数二〇〇、〇〇〇株(一株の金額五〇円)の一〇〇分の三以上の株式を有する株主(債権者有富は、五、〇〇〇株、債権者会社は、前記第一、二回の増資により二〇、〇〇〇株)として、昭和三四年七月商法第二三七条に基き、債務者会社に債務者両名の解任を目的とする株主総会の招集を求めるとともに、他方、東京地方裁判所に仮処分を申請し(同庁昭和三四年(ヨ)第二、〇三九号事件)、同年八月一四日前記一三二、〇〇〇株につき、議決権行使を停止する旨の仮処分決定を得た。

一三  債務者会社は、右請求に基き、昭和三四年八月一七日に臨時株主総会を開催する旨の招集通知をした。当日の株主総会に出席した株主は、九名、その持株数は三二、〇〇〇株であつたが、議長住友正雄は、右仮処分決定を無視し、定足数一〇〇、〇〇〇株に足りないことを理由に流会を宣した。

一四  しかし、住友は、事前に一部の株主に対し、右総会に出席しないよう強要し、しかも一四、五〇〇株の株主である池端岡治が、債務者会社に委任状を提出しているのにこれを秘匿し、前記のように流会を宣したのであつて、かかる場合は株式総会において、債務者両名の解任を否決したのと同視すべきである。

一五  よつて債権者等は、債務者槇島、同山口の解任を求める訴を提起したが、このまま放置しておくときは、債務者会社の財産は不当に減少し、ひいては株主の権利も侵害されるおそれがあるので、債権者等は、債務者両名の職務執行停止、代行者選任を命ずる仮処分を求めるものである。

第二債務者等の主張

(申立)

債務者等訴訟代理人は、昭和三四年(モ)第九、六四二号事件につき、主文第一項同旨の判決を、また、昭和三四年(ヨ)第二、〇二九号事件につき、主文第二項同旨の判決をそれぞれ求め、その理由を次のとおり述べた。

(理由)

一  債権者等の主張事実中、第一項及び第二項の事実は認める。

同第三項の事実は争う。

同第四項及び第五項の事実は認める。

同第六項の事実のうち、債務者会社が、昭和二九年中シユベツツに金八、〇〇〇、〇〇〇円を支払つたこと及びその後、債権者等主張の一三二、〇〇〇株の株主名義が変更されたことは、いずれも認めるが、その余の事実は争う。

同第七項の事実は認める。

同第八項の事実は争う。

同第九項の事実中、本件仮処分決定を維持する必要性のあることは争う。

同第一〇項の事実は認める。

同第一一項1の事実は争う。

同項2の事実は争う。

同項3の事実のうち、債務者会社が、脱税の疑で、再度に亘つて東京国税局の査察を受けたこと及び第二回目の査察が昭和三四年五月一三日に行われたことは、いずれも認めるが、その余の事実は争う。

同項4の事実のうち、沢山隆一名義の株式一四、〇〇〇株が昭和三四年六月八日同人から池端岡治に譲渡されたことになつていることは認めるが、その余の事実は争う。

同項5の事実のうち、債務者会社が、昭和二八年債権者等主張の土地四〇、〇〇〇坪を買い受けたが、昭和三二年五月右土地のうち三七、〇〇〇坪を代金八、〇〇〇、〇〇〇円で前島忠一に売り渡したことは認めるが、その余の事実は争う。

同第一二項の事実は認める。

同第一三項の事実は、総会出席者の持株数を除き認める。

右株数は、三一、五〇〇株である。

同第一四項の事実は争う。

同第一五項の事実のうち、本件仮処分の必要性のあることは争う。

二  第一回増資に伴う新株の引受について

(1)  シユベツツの経営するアソツクス商会は、かねて住友信託銀行に対し、金二、〇〇〇、〇〇〇円の定期預金を有していた。田辺は、シユベツツを通じ、同商会から、右定期預金を担保として利用することについて承諾を得、昭和二五年五月一一日右定期預金を担保に、同銀行から、自己名義で金一、〇〇〇、〇〇〇円、債権者有富名義で金一、〇〇〇、〇〇〇円を借り受けこれを富士信託銀行にそれぞれ普通預金としたが、その大部分の払戻を受けるとともに、自己の有する金五〇〇、〇〇〇円をあわせ、これをもつて、債権者等主張の第二項1、3、4、8の新株払入金の支払に充てた。

(2)  債務者会社は、昭和二四年一二月二三日から昭和二五年三月二二日までの間に、横尾木材外一二商社から信認金名下に合計金二、〇〇〇、〇〇〇円を預つた。信認金というのは、ひつきよう各商社の新株払込の資金にほかならないが、その後右各商社が、債務者会社の株式を保有することは、独占禁止法に違反するという疑が生じたので、債務者槇島は、右信認金を同債務者個人の借用金とすることについて、各商社の承諾を得たうえこのうち金一、五〇〇、〇〇〇円で、債権者等主張の第二項5、6、7の払込金を支払つた。なお、債務者槇島は昭和二六年九月までに、右借用金を各商社に返済した。

(3)  ところで、右4及び8の引受人は田辺に名義を貸しただけで実質上の株主は田辺である。また右の7引受人は、債務者槇島に名義を貸したものであり、その実質上の株主は、同債務者である。それ以外の者は、名実ともに、新株を引き受けたものである。

三  シユベツツに対する金八、〇〇〇、〇〇〇円の交付について田辺は、昭和二七年九月六日住友信託銀行に対し、前記借受金二、〇〇〇、〇〇〇円を返済した後昭和二八年一一月死亡した。しかるに、債権者有富は、昭和二九年はじめ、債務者会社に対しシユベツツの有する債務者会社の株式八〇、〇〇〇株を八、〇〇〇、〇〇〇円で買い取るよう提案するとともに、債務者会社の経理の不手際を種に、当時取締役の任にあつた債務者槇島の辞任を迫つた。債務者槇島は、調査の結果、前記定期預金が現存していることが判つたので、昭和二九年三月在米中のシユベツツの委任を受け、その払戻を受けた。しかし債権者有富のしつような攻勢のために昭和二九年一〇月の取締役会において、ことの真相は、ともかく、シユベツツとの縁を切ることは、債務者会社としても望ましいことである。との結論に達し、金六、〇〇〇、〇〇〇円と債務者槇島において払戻を受け、保管していた金二、〇〇〇、〇〇〇円とをあわせ、これを債権者有富を介し、シユベツツに支払つた。

したがつて、右八、〇〇〇、〇〇〇円は、株式の売買代金ではない。

四  以上のように、債務者会社は、債権者等主張のように自己株を取得したことはない。したがつて、債権者槇島及び同山口がその配当金や右株式を横領する余地はない。

五  債務者会社が、国税局から第一回の査察を受けたのは、昭和二八年七月である。当時の代表取締役は田辺隆であつた。したがつて、たとい債務者会社が脱税していたとしても、その責は、田辺が負うべきものである。また、第二回の査察は、何人かの中傷によるものであつて債務者会社には、何等税法違反の所為はない。

六  沢山隆一名義の譲渡証及び委任状は、真正に成立したものである。また、もし偽造であつたにしても、それは、債務者等の与り知らぬことである。

七  那須の土地は、債務者会社が、昭和二九年一二月代金七、〇〇〇、〇〇〇円で買つたものである。これを売却したのは、債務者会社の運転資金を充実するためであり、また右売却については昭和三二年六月二七日の取締役会の決議を経ている。

八  本件株主総会の定足数の計算に関し、債権者等の主張するように、議決権の行使を停止された一三二、〇〇〇株を発行済株式総数から控除すべきものとしても、三四、〇〇〇株の株主が出席しなければ、総会を開くことはできないのである。しかるに、債権者等の主張するところは三二、〇〇〇株の株主の出席があつたというのであるから、いずれにしても本件株主総会は流会せざるを得なかつたのである。

第三証拠関係

債権者等訴訟代理人は、甲第一号証から第七号証、第八号証の一、二、第九号証から第二五号証を提出し、証人沢山隆一、瀬川美能留、安達和夫、アレキサンダー、シユベツツの各証言、債権者会社代表者、債権者有富及び債務者会社代表者各本人尋問の結果を援用し、乙第一号証から第一〇号証、第一五号証、第一九号証から第二一号証、第三四号証から第四四号証、第四六号証の二、第四九号証から第五一号証、第五三号証、第五五号証から第五七号証、第五九号証、第六四号証、第六九号証の一から四の成立は、いずれも認めるが、その余の乙号各証の成立は知らない、と述べた。

債務者等訴訟代理人は、乙第一号証から第八号証、第九号証の一から八、第一〇号証から第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証から第三一号証、第三二号証の一から四、第三三号証から第四四号証、第四五号証、第四六号証の各一、二、第四七号証、第四八号証の一、二、第四九号証から第六〇号証、第六一号証の一、二、第六二号証から第六四号証、第六五号証の一、二、第六六号証、第六七号証の一、二、第六八号証、第六九号証の一から四、第七〇号証から第七三号証を提出し、証人瀬川美能留、小泉功、池端岡次、嶋崎幸一、前島忠一の各証言及び債務者会社代表者債務者槇島、同山口各本人尋問の結果を援用し、甲第一号証から第六号証、第一三号証、第一六号証、第二五号証の成立はいずれも認めるが、その余の甲各証の成立は、いずれも争う、と述べた。

理由

(昭和三四年(モ)第九、六二四号事件について)

一  左記事実は、当事者間に争がない。

(一)  債務者会社は、昭和二二年一一月一五日資本金一、〇〇〇、〇〇〇円で設立されたが、昭和二五年五月一二日これを金五、〇〇〇、〇〇〇円に増資し、新株八〇、〇〇〇株を発行した。その引受人及び引受株式数は、次のとおり。

1  債権者会社 一〇、〇〇〇株

2  平瀬兼吉 四、〇〇〇株

3  田辺隆 一三、〇〇〇株

4  債権者有富 一三、〇〇〇株

5  債務者槇島 一〇、〇〇〇株

6  同山口 八、〇〇〇株

7  大阪商事株式会社 一二、〇〇〇株

8  野村証券株式会社 一〇、〇〇〇株

(二)  右2の株主名義は、後に、平瀬から沢山隆一に変更された。

(三)  昭和二七年六月六日債務者会社は、資本金を金一〇、〇〇〇、〇〇〇円に増額し、右各名義人において、その持株数と同数の新株を引き受けたが、その払込は、債務者会社から受けた配当金をもつてなされた。

(四)  債務者会社は、昭和三四年五月一一日の取締役会で、本件増資決議をした。

(五)  債権者有富は、右株式とは別に、債務者会社の株式五、〇〇〇株を有している。

二  債権者は、「第一回の増資から、昭和二九年始めころまでに、債務会社は、その計算において、一三二、〇〇〇株を取得した。」と主張するので、この点を検討する。

(一)  まず、アレキサンダー、シユベツツが、第一、二回の増資に当り、債務者会社の株式四〇、〇〇〇株をそれぞれ引き受け、これを債務会社に譲渡したかどうかについて。

(1)  債務者等は、外国人は当時、わが国の会社の株式を取得することを禁じられていたため、債務者会社の第一回増資に当つて、シユベツツは、当時、債権者有富、田辺隆、債務者槇島及び同山口の名義を使用して新株四〇、〇〇〇株を引き受け、その後、第二回の増資に際し、引き受けた四〇、〇〇〇株の新株とともに、これを債務者会社に譲渡したものである、と主張する。なるほど、当時、外国人が、日本の法令により設立された会社の株式を取得することは、法令上認可を受くべき事項とされていたから、シユベツツは、当然には、債務者会社の株式を取得し得なかつたことは、債権者等主張のとおりである。しかし、外国人が日本の法令により設立された会社の株式を認可なくして取得し得ないとする規定は、公の秩序に関するものと認むべきであるから、これに違反する株式の取得行為は無効と解すべきであり、したがつて、シユベツツも認可を受けないかぎり、債務者会社の株式を取得するに由なく、このことは、シユベツツが自己の名においてすると、はたまた、債権者主張のごとく他人の名においてするとにより、その理を異にするものではないといわなければならない。しかるに、債権者等は、シユベツツは、自己の名において債務者会社の株式を取得し得ないから、債権者有富ほか三名の名義を使用して、これを取得した上さらにこれを債務者会社に譲渡したと主張するものであつて、その主張自体理由のないことは、前段説明のところから明らかというべきである。しかし、飜つて考えるに、債権者等は、債務者会社か、かかる無効の株式を取得したと主張するものとも解しがたく、その趣旨は、シユベツツの資金を利用して結局債務者会社において、自己株八〇、〇〇〇株を取得した、と主張するものとも考えられないことはないから、一応この点についても、言及することとする。

(2)  成立に争のない乙第六号証から第八号証、同第九号証の七、八、一〇、本件弁論の全趣旨により成立を認める同第一二号証、第五四号証、債務者槇島本人の供述により成立を認める乙第六八号証、証人アレキサンダーシユベツツの証言、債権者有富、債務者槇島、同山口各本人尋問の結果によると、一応次のことが認められるる。

(イ) 債権者有富は、債務者会杜の第一次増資当時、その取締役社長の任にあつたが、他方、アメリツクス、トレーデイング、コーポレーシヨン(以下アメリツクス商会という、)の支配人として、その業務に専念していたので、債務者会社の業務は、代表権限を有する専務取締役田辺隆が専行していた。当時、債務者槇島及び同山口は、債務者会社の業務担当取締役であつた。

(ロ) 第一次増資の方針は、すでに、昭和二四年一〇月中に決定されており、これに伴う新株は、すべて縁故募集によることになつていた。

(ハ) 田辺は、新株払込資金を獲得するため、債権者有富を介し、アメリツクス商会を経営するシユベツツに協力を求めたところ、シユベツツは、昭和二五年五月一〇日これに応じ、債権者有富を介し、金二、〇〇〇、〇〇〇円の小切手を田辺に交付した。田辺は、右金二、〇〇〇、〇〇〇円を同日中にアメリツクス商会の名で住友信託銀行東京支店の定期預金とするとともに、翌一一日これを担保に同銀行から、自己の名で金一、〇〇〇、〇〇〇円債権者有富名義で金一、〇〇〇、〇〇〇円を借り受け、それぞれ、これを富士信託銀行に普通預金としたうえ、うち、金一、二〇〇、〇〇〇円の払戻を受けこれとその他の資金とをもつて、前記3及び4の株金の払込を了した。

(ニ) 昭和二九年始めころ当時在米中のシユベツツは、債務者会社の申出に応じて、前記定期預金の解約を委託し債務者槇島において、昭和二九年三月五日右預金の払戻を受けた。

(ホ) 債権者有富は、昭和二九年始めころから、債務者会社に対し、シユベツツが、実質上債務者会社の株式八〇、〇〇〇株を有することを前提として、これを金八、〇〇〇、〇〇〇円で買い取るよう提案したところ、債務者会社は、同年一二月ころ金八、〇〇〇、〇〇〇円を債権者有富を介し、シユベツツに支払つた。

(3)  以上の事実によるときは、動機はともあれ、債務者会社はシユベツツの出捐に対し、多額の対価的金員を支払つたものであつて、このことは、他に田辺において、シユベツツの出捐に対し、債務の弁済として自ら何らかの出捐をしたことの疎明のない事実と相い俟つて、債務者会社は、結局、自己の計算において、当時の代表取締役であつた田辺及び債権者有富個人の名義で株式を引き受け、その払込をしたものであつて、少くとも、前記(ロ)記載の金一、二〇〇、〇〇〇円に対応する株式は、債務者会社の自己株ではないかと思えないことはなく、たしかに、その疑は、きわめて濃厚であることを否定することはできない。しかし、シユベツツから交付を受けた金二、〇〇〇、〇〇〇円の小切手は、アメリツクスの名義で定期預金とされた後、債務者会社が、シユベツツの委託によりこれを解約してその払戻を受けたことは、上に述べたとおりであるばかりでなく、更に証人瀬川美能留の証言、債務者会社代表者、債務者槇島、同山口各本人尋問の結果によると、債務者会社は、昭和二六年ころ以来、田辺を中心とする業務担当取締役等の努力により、かなりの業蹟をあげてきたが、昭和二八年一一月一〇日田辺が死亡し、債務者槇島が債務者会社の代表取締役に就任したところ、そのころから、債権者有富は、債務者会社のずさんな経理を種に、債務者槇島の責任を追及する一方、前記の提案を受け容れるよう、しつように迫つたので、債務者会社取締役会では、ことの真相はともかく、この際、シユベツツとの縁を切ることは望ましいことである、との結論に達し、金六、〇〇〇、〇〇〇円と前記定期預金の払戻金二、〇〇〇、〇〇〇円をあわせ、これを前記のように債権者有富に交付したことがうかがわれるのであるから、債務者会社は、田辺(正確にいえば、その相続人)に代つて、同人のシユベツツに対する債務を支払つたものといえないことはなく、したがつて、前記事実から、直ちに債務者会社が、その計算において、シユベツツから、債務者会社の株式を取得したもの、または、シユベツツから金二、〇〇〇、〇〇〇円の貸与を受けその計算で、自己株式を引き受けたものといわなければならないものではない。畢竟、シユベツツの出捐に起因する株式の帰属者が何人であるかは必ずしも明らかではなく、その株式が債務者会社の自己株であるとする債務者の主張事実はその疎明ありとすることはできない。

(二)  前記第一項(一)の3ないし6のうち四、〇〇〇株と7及び8の株式が、債務者会社の計算において引き受けられたかどうかについて。

1  債権者有富本人の供述により成立を認める甲第一八、第一九号証、成立に争のない乙第一、第二号証、第五号証、第七、第八号証、第九号証の一、二、五、第五五、第五六号証、第五九各証、債務者槇島本人の供述及び本件弁論の全趣旨により成立を認める乙第二三号証から第三一号証、第五八号証、第六〇号証第七一号証、証人安達知夫の証言、債務者槇島、同山口各本人尋問の結果を綜合すると、次のことが一応認められる。

債務者槇島ないし田辺は、第一次増資の方針を決定後、新株払込資金を獲得するため、債務者会社の取引先を歴訪し、昭和二五年三月三一日までに横尾薫外一二名の取引先から合計金二、〇〇〇、〇〇〇円を集めた。その大半は、各商社の新株払込資金として交付を受けたものであつたが、なかには、木材売買の証拠金として受領したものもあつた。債務者槇島は、これを一括し信認金名下に債務者会社の収入として計上したが、その後、右取引先を債務者会社の株主にすることは不適当であると考え、右取引先(一部を除く)と交渉し、新株払込資金ないし証拠金相当額を債務者槇島個人の借用金とすることについて承諾を得、債務者会社の帳簿のうえでは、同月一一日までに、右金員相当額を各取引先に払戻したことにし、債務者会社の預金一、五〇〇、〇〇〇円をもつて、前記5、6、7の株金の払込をすませた。

2  右事実によると、前記5、6、7の株金は、債務者会社の財産から支払われたものではあるが、経済上は、債務者槇島の計算において支払われたものということができる。

(三)  その他、本件各疎明中債権者等の前記主張に符合する部分は、以上の各疎明と対比し、いずれも信用しがたく、したがつて、債権者等の前記主張は、採用することができない。

三  そうすると、債務者会社が、その計算において一三二、〇〇〇株を取得したことを前提として、債務者会社に対し、新株発行の差止を求める債権者有富の仮処分申請は、その余の点について判断するまでもなく理由なきに帰するものといわなければならないから、本件仮処分決定を取り消し、債権者有富の右仮処分申請を却下することとする。

(昭和三四年(ヨ)第二、〇二九号事件について)

四  左記事実は、当事者間に争がない。

(一)  債務者槇島、同山口は、昭和三二年一一月二五日債務者会社の取締役に再任され、債務者槇島は、代表取締役に就任した。

(二)  債権者等は、昭和三四年七月六カ月以前から債務者会社の発行済株式総数二〇〇、〇〇〇株の一〇〇分の三以上を有する株主として、商法第二三七条に基き、債務者槇島、同山口の解任を目的とする株主総会の招集を求めるとともに、東京地方裁判所に仮処分を申請し、同年八月一四日一三二、〇〇〇株につき、議決権行使を停止する旨の仮処分決定を得た。

(三)  債務者会社は、前記請求に基き、昭和三四年八月一七日に臨時株主総会を開催する旨の招集通知をした。当日の株主総会に出席した株主は、九名、その持株数は、少くとも三一、五〇〇株であつた。

(四)  議長住友正雄は、定足数一〇〇、〇〇〇株に足りないとして右株主総会の流会を宣した。

五  債権者等は、右定足数の計算に際しては、議決権行使停止を受けた株式数を発行済株式総数から除外すべきである、と主張するが、右仮処分の対象となつた株式が、自己株ないし債務者会社の計算において取得されたものであれば格別、そうでない限り、右仮処分は文字どおりで議決権の行使を停止したにとどまるものであるから、その株式数は、定足数の計算に際し、発行済株式総数に算入すべきものである。しかるに、右仮処分の対象となつた一三二、〇〇〇株が、債務者会社の自己株ないし、その計算において取得されたものであることについては、前記のように、その疎明がないのである。

そうすると、仮に、当日の出席株主の持株数が、債権者等主張のとおりであり、また、一二、〇〇〇株を有する池端岡治から委任状の提出があつたとしても、定足数一〇〇、〇〇〇株に満たないことは明らかであり、したがつて、右株主総会は、どのみち流会せざるを得なかつたものというほかはない。

また債権者等は、「債務者側で、各株主に対し、右株主総会に出席しないよう強制した。」と主張するが、これを疎明するに足る何等の資料もない。

その他、商法第二五七条第三項にいわゆる株主総会において、その取締役を否決したことないしこれと同視し得る事情の存することについては、債権者等の主張も疎明もない。

六  そうすると債務者等の職務執行停止、代行者選任を求める債権者等の本件仮処分申請は、その余の点を判断するまでもなく理由なきに帰するから、これを却下することとする。

七  よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷部茂吉 篠原弘志 中野辰二)

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